あれから間もなく6年になります。
いただいたコメントにお返事を書かせていただいていると
その後私に起こったことも残しておきたいと思い
投稿させていただきました。
こんな人生もあるんだ…と思って、読んでいただけると幸いです。
hinaさん、読んでくださりありがとうございます。
いただいたコメントにお返事を書かせていただいていると
その後私に起こったことも残しておきたいと思い
投稿させていただきました。
こんな人生もあるんだ…と思って、読んでいただけると幸いです。
hinaさん、読んでくださりありがとうございます。
もうすぐ春だなぁ、と思う暖かさに触れると、やはり当時のことを思い出します。
hinaさんのコメントを読ませていただき、医療従事者の皆様が懸命に尽くしてくださっているにも関わらず、医療が進歩している中にあっても、私と同じ思いをされた方がおられることは、とても残念でなりません。
母が旅立ってから2年後、今度は同居していた義父が癌になりました。もう治療方法はない、ということで入院することができず、自宅での介護が始まりました。あまりに突然のことで、訪問診療も訪問看護も、何も決まっておらず、歩けなくなってベッドに横たわる義父を見て、これからどうしたらいいんだろうと、途方に暮れていたことを思い出します。
この時、母の闘病中のことを振り返り、義父のかかりつけ病院のソーシャルワーカーの方に連絡しました。レールが敷かれていくように、在宅介護体制が整っていきました。
義父は訪問入浴で大好きなお風呂にも入れていただき、長男である主人に見守られ、在宅介護が始まってから16日後に旅立っていきました。
別の場所にも書かせていただきましたが、母の介護をしたことは母の私への最後の教育であったのだと思います。母のことがなければ、どうしていいか途方に暮れたままで、あのように義父を送ることはできなかったと思います。
本当に母は偉大ですね。
たくさん後悔しました。でも、今は、あれがあの時の精一杯だったんだと、そう思えます。
思い出しますよね…。そしてまた涙も溢れますよね。まもなく6年が経ちますが、涙が出ます。
でも強くなったように思います。
ある時思いました。「無条件の愛情がこの世からなくなった今からが、私の本当の人生が始まる」
形なきものを残してくれた母に次に会えた時には、あれから頑張って生きたことを伝えられる自分でありたいと思っています。
hinaさん、これまでコメントくださった皆様、読んでくださり、ありがとうございました。
形なきものを残してくれた母に次に会えた時には、あれから頑張って生きたことを伝えられる自分でありたいと思っています。
hinaさん、これまでコメントくださった皆様、読んでくださり、ありがとうございました。